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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)196号 判決 1982年12月27日

控訴人(一審本訴被告、反訴原告) 甲野春夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 水野弘章

被控訴人(一審本訴原告、反訴被告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 東浦菊夫

同 古田友三

右訴訟復代理人弁護士 広瀬英二

主文

本件控訴及び控訴人らの予備的反訴請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人らに対し、原判決添付目録二に記載の建物を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求め、なお、本訴請求の趣旨中時効取得の日につき、これを昭和二五年一月一日と改めると共に、予備的に昭和三四年五月六日、更に昭和一五年三月一七日を各追加した。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に記載するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人の主張

本訴の請求原因中、時効取得について次のとおり主張を変更ないし追加する。

1  主張の変更

従前より主張している亡甲野二郎及び承継人被控訴人の時効取得につき、その起算日を、従前の昭和二一年一一月三〇日から昭和二五年一月一日と変更する(なお、これに伴い、原判決四枚目裏二行目に「二一年一一月三〇日」とあるを「二五年一月一日」と、同五行目から六行目にかけて「四一年一一月三〇日」とあるを「四五年一月一日」と各改めるほか、五枚目表四行目に「いずれも」とあるを削除し、同四行目に「または」とある次に「昭和二五年一月一日付」と加える。)。

2  主張の追加(予備的)

(一)  被控訴人は、父二郎が昭和三四年五月五日死亡後、既述のとおり相続人として二郎の占有を承継したほか、自己自身において新たに所有の意思をもって平穏かつ公然に善意、無過失で本件土地、建物を占有してきたのであるから、右の翌日から起算して一〇年の経過により時効によって右物件の所有権を取得した。

(二)  被控訴人の祖父松太郎は昭和一五年三月一六日死亡したが、被控訴人の父二郎は実質上甲野家の当主として、右松太郎の所有していた本件土地、建物を含めた一切の不動産、家財などの所有権を引きつぎ自主占有を開始したもので、右の翌日から起算して二〇年を経過(但し、この間昭和三四年五月五日被控訴人が更に相続)した昭和三五年三月一七日に右物件の所有権を時効により取得した。

二  控訴人らの答弁及び主張

1  被控訴人主張の時効取得の事実はいずれも争うが、仮に前記一の1及び2(一)の主張が認められるとしても、被控訴人は昭和四〇年頃、控訴人らに対して右土地、建物が控訴人らに属することを承認していたのであるから、これにより被控訴人の時効取得は中断したものである。

2  反訴の請求原因として左記を追加する。

控訴人らの先代亡一郎は、前記松太郎の死後、弟の二郎に本件建物の無償使用を認め、右は控訴人ら及び被控訴人に各引継がれたが、右使用貸については「被控訴人が経済的に自立するまでの間」なる約定が存していたところ、被控訴人は昭和四八年八月頃には経済的に自立したので、右使用貸借は終了した。

よって、控訴人らは被控訴人に対し、予備的に右契約の終了に基づき本件建物の明渡を求める。

三  被控訴人の答弁

右時効中断及び使用貸借(終了)の事実はいずれも否認する。

四  新たな証拠関係《省略》

理由

一  当事者の身分関係、並びに本件土地、建物はもと松太郎が所有していたところ、同人の死亡により一郎が家督相続したことについては当事者間に争いがなく、又、被控訴人主張の贈与契約が認められないことについては、原判決理由第一、二項判示のとおりであるから、これを引用する。

二  そこで、被控訴人主張の時効取得について検討する。

この点についての当裁判所の認定・判断は、原判決理由第三項2の冒頭に挙示の各証拠に、《証拠省略》を総合すると、次に附加、訂正するほかは、原判決理由第三項に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目表二行目から三行目にかけて「過ごしたが、」とあるを「過ごし、この間、二郎を分家させ自己が甲野家の跡を継ぎ本件土地、建物に永住する意向を一時有したこともあったようであるが、二郎の賛同がないので右意向を強行することもできず、又、自己の政治への関心を抑えがたく、右意向を諦め、」と改める。

2  同一一枚目裏終りより三行目から二行目にかけて「所有権を主張した形跡が全く見られないこと、」とあるを「一時所有権を主張した形跡が窺われるものの、その後の一郎の行動からすると、それは真意に基づくものというより、単なる思いつき程度のものにすぎなかったのではないかとの疑問が存すること、」と改める。

3  同一二枚目裏七行目の「二郎」から九行目の「全くないのである。」までを「二郎が生計の糧としていた田畑に対して所有者としての使用、収益、処分権を行使した形跡は全くなく、又本件土地、建物に対するそれについては、久しく外地に居て故郷を顧みなかった甲野家の長男としての希望的意見の表明にすぎないものと考えられる余地が充分存するものである。」と改める。

4  同一二枚目裏末行の「照らし、」の次に「それ以後」と加入する。

三  以上のとおりであって、松太郎死亡後、一郎が中国から引き揚げて来て更に上京するまでの間の二郎の本件土地、建物に対する占有は、二郎の主観的意図はともかくとして、一郎の承認のもとに行われていたものというべく、その占有の性質は客観的にみると事務管理ないしは黙示の使用貸借ともいうべきもので、他主占有であったと認められる。

しかし、一郎は、引き揚げ後本件土地、建物に永住する意向を一時有しながら、二郎がこれに応じなかったことから、自己の野望も手伝い右意向を比較的容易に断念撤回し、二郎に対し右土地、建物の返還を請求することもなく、さりとてその占有管理を特に委託することもなく、二郎の止めるのを振り切り、松太郎の遺産の山林等を二郎に処分させて資金をつくり上京してしまったもので、上京後も、二郎が引き続き本件土地、建物の占有を継続独占し、公租公課の一切を納入しているにも拘らず、それらのことに全く無関心で何の意思の表明も一郎から二郎に対してなかったのである。

かかる場合、所有者のこのような態度は、占有者をして所有の意思を抱かせても止むをえない客観的情勢をみずから作出したものというべく、他方、二郎は右を契機として益々実質上の当主としての意識を強め、完全に本件不動産の占有・管理を支配するに至ったとみられるのであるから、かかる状況は、占有者たる二郎において一郎に対し黙示に自主占有の意思を表明したと同一に評価できるものというべきである。従って、二郎の本件占有は、原判決も認定するとおり、右一郎が上京した後の昭和二五年一月一日以降自主占有に変じたものと認めるのが相当である。

そうすると、被控訴人は、右の日より二〇年の経過をもって本件土地・建物を時効取得したものであるところ、控訴人らは時効中断の主張をするけれども、これに添う当審における《証拠省略》は、《証拠省略》と対比して未だ右事実を認めるに足らず、他に右中断の事実を認めるに足る証拠はないから、右抗弁は採用の限りではない。

四  しかして、本件土地については控訴人甲野春子の、本件建物については控訴人らの各所有権取得登記が経由されていることは当事者間に争いがないから、控訴人らが各、被控訴人に対し右登記の移転登記義務を負うことは、原判決理由第四項に判示のとおりであるから、これを引用する。

五  控訴人らは、反訴として、本件建物の所有権ないし使用貸借終了に基づきその明渡を求めるが、控訴人らの所有権は、被控訴人の時効取得により消滅したことは上記のとおりであり、又後者についても、仮に本件につき使用貸借関係が存していたとしても、それは被控訴人の右時効取得に伴いその存在自体が消滅するのであるから、控訴人ら主張の終了原因の有無に立入るまでもなく、右主張も失当である。

六  よって、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、控訴人らの反訴請求は失当として棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当で本件控訴は棄却さるべく、又予備的反訴請求も棄却を免れず、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 寺本栄一 三関幸男)

<以下省略>

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